幻の繁栄 <後編>


幻の繁栄〜あいの国篇(7)「地方国家誕生!」
 
(佐伯)「主任は、遅いですね」
(姫乃樹)「今日は、大雪だから仕方ないでしょ」
(佐伯)「大将の方は、かなり資料作成が進んでいるって話ですよ」
(姫乃樹)「そうなの?、じゃぁ、こっちも急がないと」
(佐伯)「次は『越中都』の誕生ですよね」
(姫乃樹)「さぁ、まずは情報集めよ」
 
あいの国都市戦略研究所では、これからの50年をどうするか?
今後の都市戦略を立案する為に、過去50年の歩みを分析して参考にしようと調査研究を進めていた
お嬢こと城山主任のもと、姫乃樹研究員と佐伯研究員が取りかかったのは、現在の自治体『越中都』がいかにして誕生したかである
相も変わらず、過去の資料と格闘するふたり
資料を整理しながら…
 
(佐伯)「いま道州制の議論が行なわれていますよね」
(姫乃樹)「でも、実現しないでしょ!」
(佐伯)「やっぱり、そうですかね」
(姫乃樹)「結局、効率を目的にしてるだけだもん」
(佐伯)「国の借金が多いから、地方の都道府県を減らしたい」
(姫乃樹)「ねぇ、なんて後ろ向きの政策!」
(佐伯)「まぁ、権限を地方に委譲するとはいってますが…」
(姫乃樹)「出来ないでしょ、霞ヶ関が権限を手放す訳がない」
(佐伯)「そう考えると『越中都』は、恵まれている」
(姫乃樹)「恵まれてるどころじゃないわよ。都が出来る時に、かなりの権限を委譲できたんだから」
(佐伯)「まぁ、都市州みたいなもんですからね」
(城山)「そうよ、越中都は都市州だから!」
(ふたり)「主任!!」
 
お嬢が、雪まみれで会議室に入ってきた
 
(城山)「ごめんなさいね、遅くなって」
(佐伯)「雪どうですか?」
(城山)「今日は、みんな帰れないかもよ!」
(ふたり)「えぇ〜!、本当ですか!?」
(城山)「うそうそ、大丈夫よ」
(姫乃樹)「も〜ぅ!」
(佐伯)「だんだん、(リーダーに)似てきたなぁ…。」
(城山)「なんですって?」
(佐伯)「なんでもないです!」
(姫乃樹)「先に、資料整理してましたよ」
(城山)「姫、ありがとう」
(佐伯)「早速ですが、こんな資料を見付けたんです」
 
ボンは、昔の新聞紙面を取り出した
 
(城山)「これは、1965年?。昭和40年の記事ね」
(佐伯)「本格化しそうな府県合併」
(姫乃樹)「時代に合わない府県制」
(城山)「首相の諮問機関『地方制度調査会』ね」
(佐伯)「府県合併を押し進める答申を出したとか」
(姫乃樹)「やってる事が、現代と変わんないわね」
(城山)「もともとは、戦後まもない頃から府県合併や道州制論議はあったのよ」
(佐伯)「でも、まとまってない」
(城山)「そう!首都機能移転も昭和20年代後半から論議となってたけど…」
(姫乃樹)「実現されてませんしね」
(佐伯)「昭和31年に第四次地方制度調査会がまとめた、府県の統合に関する試案が出てるんです」
(姫乃樹)「47都道府県を12ブロックにまとめ直すという案ね」
(佐伯)「都道府県から、道州制・地方制に移行して、ブロックごとに『地方』という自治体を置く」
(姫乃樹)「『地方長』は『地方議会』の同意を得て、内閣総理大臣が任命する?」
(城山)「地方版の内閣総理大臣制ね」
(姫乃樹)「当時の自治省では、全国一斉に合併させる『天下り式』に拘って、強制的に合併させようという意見もあったそうよ」
(城山)「でも、各知事が猛烈に反対した」
(佐伯)「はい!。だから、各自治体ごとに自主的に判断して合併を進める方式に変えた」
(姫乃樹)「まぁ、これだと話は進まないですよね」
(城山)「その時の合併案で、富山県はどうなる予定だったの」
(佐伯)「それがですね、新潟県と石川県を合わせたブロックになるとなってます」
(姫乃樹)「3県合併ね、でも福井県や長野県は?」
(佐伯)「福井県は滋賀県と京都府との合併で、長野県は山梨県と静岡県との合併です」
(城山)「う〜ん?、これでは実現しないわね」
(佐伯)「議論もあったそうですよ!」
(城山)「どんな?」
(姫乃樹)「州都はうちで!ってやつでしょ!」
(佐伯)「正解!」
(城山)「結局、そうなるのよね」
(佐伯)「3県の中央は、富山県だから『地方庁や州庁』は富山県に置かれるべきとか、石川県にはすでに北陸関係の諸機関があるから、石川県に置くべきとか…」
(姫乃樹)「そんな状態で、合併が実現しても、議会は血を見るんじゃないの?」
(佐伯)「物騒ですね!」
(城山)「そうとも言えないわ、現に長野県では県議会で血の闘争なんて、結構あったんだから」
(ふたり)「そうなんですか?」
(城山)「長野県は、もともとふたつの県が合併したのよ」
(姫乃樹)「知らなかった」
(城山)「明治初期には、長野市に県庁を置く長野県と、松本市に県庁を置いた筑摩県てのがあったの」
(佐伯)「筑摩県?」
(城山)「そう、筑摩県の県庁が、謎の火事で消失して、国は筑摩県の大部分を長野県に統合させた」
(姫乃樹)「明治初期らしいですね」
(佐伯)「松本の人は怒ったでしょ!」
(城山)「何度も何度も、国に長野県からの分県を求めたけど、実現できなかった」
(姫乃樹)「不満が残りますよね」
(城山)「だから、県庁を長野市から松本市へ移転する事を、ことあるごとに議会で取り上げた」
(佐伯)「そんな事が可能なんですか?」
(姫乃樹)「議会は多数決、人口の多い方が議員も当然多いですからね」
(佐伯)「でも、人口20万の松本市に対して、長野市は30万以上ありますよ!」
(城山)「ボン!、それは現在でしょ」
(佐伯)「そうか!、その当時は、長野市も松本市も差はなかった…?、て事」
(姫乃樹)「県庁所在地であるかどうかは、大きいんですね」
(城山)「地理的にも、長野県の中央に松本市があるという理屈もあって、議会であと1票で決まるというところまで話が進んだ事もあるのよ」
(佐伯)「へぇ〜」
(城山)「県議会は、いつも衝突して、けが人も出るくらい」
(姫乃樹)「県合併なんて、国は余計な事をしたんですね」
(佐伯)「じゃ、この戦後の府県合併構想や、いま議論となっている道州制構想が実現なんて事になったら…、」
(姫乃樹)「大変な事になりそうね」
(城山)「州議会は、きっと大荒れよ!」
(佐伯)「それに、いまの長野県をみると…」
(姫乃樹)「結局は、県庁所在地だけが発展して、県庁所在地になれなかった都市は衰退する」
(佐伯)「旧富山市と旧高岡市の話をみても、そうでしたよね」
(城山)「府県合併や道州制を導入しても、州都だけしか発展しない」
(佐伯)「ひどい制度だなぁ」
(姫乃樹)「でも、国は効率化の為に地方を整理したい…」
 
府県制と道州制も、根本的な問題点を改めて認識した3人
お嬢は、ニコッとして…
 
(城山)「だから、富山県は第3の道を選んだ!」
(姫乃樹)「県と市町村の2重行政という非効率な部分を無くす為に…」
(佐伯)「県同士の合併じゃなくて、県と市町村の合併を選んだんですね」
(城山)「それもこれも、県一市化構想がもともとあったからこそ」
 
佐伯が、さらに資料を出してきた
それは、新聞の記事
 
(佐伯)「でも、やっぱり反対者はいるんですね」
(城山)「こっちとなら組むけど、あっちとは組みたくない」
(佐伯)「狭いエリアでの、覇権争い」
(姫乃樹)「なんか、主婦同士のグループ争いっぽい」
(佐伯)「どんぐりの背比べにしか見えないんですけど…」
(姫乃樹)「何でなんでしょう?」
(城山)「目先や身の回りしか見えてないと、反対になるんでしょう」
(佐伯)「見えてない?」
(城山)「目先の利益を追いかけると大政を誤るのよ」
(姫乃樹)「なんか、リーダーに似てきてますよ」
(佐伯)「やっぱり!、そう思いますよね!」
(城山)「えぇ!、そうかしら?」
(ふたり)「そうです!」
 
会議室に、3人の楽しい笑い声が響く
 
(城山)「まぁ、その反対も実現してしまえば、よかったとなったのよね」
(姫乃樹)「根本的に、府県合併とは違いますから」
(佐伯)「一体感が出た」
(城山)「ただ、東京都と違った点がある」
(姫乃樹)「区長公選制と区議会設置ですか?」
(佐伯)「これを導入したら、結局は2重行政ですもんね」
(城山)「東京都の場合は、都が誕生する経緯に問題があったのよ」
(佐伯)「そう言えば、東京都はいつ誕生したんですか?」
(姫乃樹)「知ってます!、戦時中ですよね」
(城山)「正解!」
(佐伯)「戦時中のどさくさですか?」
(城山)「そういう事。戦前から東京市と東京府の合併話は、議会で持ち上がったんだけど、いつも否決されてきた」
(姫乃樹)「都の実現を目指してきたのは、やっぱり国ですか?」
(城山)「そう!。」
(佐伯)「戦時中だから、反対出来なかったという事」
(城山)「戦後は、区を市のようにして欲しいという声が多く出されて、戦後直後は一時期、区長公選制が取られたのよ」
(姫乃樹)「でも、昭和27年に都の権限強化の為、公選制は廃止されて都議会承認の専任制になった」
(佐伯)「区長公選制が復活したのは?」
(姫乃樹)「1975年の昭和50年ね!」
 
エヘンと自慢げな姫
その様子を見て、ボンが空かさず…
 
(佐伯)「じゃぁ、区議会はいつからですか?」
(姫乃樹)「く、区議会はね〜」
  会議室がシ〜ンとなって、全員爆笑
(城山)「区議会は、戦後の昭和21年から区長とともに公選議員が選ばれたのよ」
(姫乃樹)「そうなんですね」
(佐伯)「でも、越中都は区議会はつくらなかった…」
(姫乃樹)「県と市町村が合併するから都になりたい」
(城山)「区長は都知事の任命として、区議会は置かない事にしたの」
(佐伯)「2重行政にしないから、効率が良くなる」
(城山)「それだけじゃないわ、国の大部分の権限委譲を狙った!」
(佐伯)「都市国家ですね」
(城山)「その通り!。新しい都は、都市国家を目指したの」
(姫乃樹)「都市国家って、何なんですか?」
(佐伯)「州みたいなもんですよね」
(城山)「都市州という考え方。ドイツには州の他に、都市州ってのがあるの」
(姫乃樹)「知ってます!ブレーメンとハンブルグですね」
(佐伯)「都市なのに州って、なんでなんですか」
(姫乃樹)「中世の名残でしょ!」
(城山)「中世時代にハンザ都市ってのがあって、独自の自治を行なっていた街だったの」
(佐伯)「日本の堺ですか?」
(姫乃樹)「それが、現代でも残っているんですよね」
(城山)「越中都は、日本ではじめての都市州を実現させたという事」
(佐伯)「都市国家のスゴいところって?」
(姫乃樹)「首長が、大統領的になる事でしょ!」
(佐伯)「都民が選ぶなら、どの知事も大統領みたいなものでしょ!」
(城山)「それが、違うのよ」
(姫乃樹)「他県は、国の顔を見ながら事業を行なうのよ」
(城山)「でも、都市国家は、国と同じように権限をもっている」
(佐伯)「そうか、強力なチカラをもっているんだ」
(姫乃樹)「だから、都知事は重要なのよ」
(城山)「他県では、知事って中央官庁からの天下り知事や有力者の名誉職ばかりでしょ!?」
(佐伯)「ホント、そうですよね」
(城山)「ここでは、そういう人は通用しない」
(姫乃樹)「議会での議論がちゃんとあるからね」
(城山)「そういう事!」
(佐伯)「知事の発言が、注目されているのも、大統領的なんだ…」
(姫乃樹)「それだけ、都市国家って独立性が高い自治体という事ですね」
(佐伯)「でも、いくらなんでも国は、都市国家になる事に『うん』とは言わないでしょ?」
 
姫がおもむろに、テーブルへ取り出した分厚い資料
 
(姫乃樹)「だから、この越中都基本戦略計画書があったんでしょ」
(佐伯)「こんなのいつのまに手に入れてたんですか?」
(姫乃樹)「やる時はやるわよ」
(佐伯)「ここに戦略が書かれている…?」
(城山)「なんと言っても、霞ヶ関を『うん』と言わさなければならない」
(佐伯)「あッ!ここに書いてある。都の各省庁は、トップを国の省庁から派遣してもらう」
(城山)「国から省庁のトップを持って来れれば、基本的には国の管轄下ではある」
(佐伯)「なんだ!結局は国の言いなりじゃないですか!」
(姫乃樹)「確かに!」
(城山)「鉄は熱いうちに打てよ!」
(ふたり)「えぇ!?」
(城山)「とにかく、早く都を実現させる事」
(ふたり)「でも〜」
(城山)「計画書の後半には…、ほらここ」
(姫乃樹)「国からの省庁トップ派遣は、10年間とする…」
(佐伯)「なるほど、期間限定かぁ!」
(城山)「まずは、日本初の都市州を実現させる」
(姫乃樹)「それがあって、今の繁栄がある訳ですね」
(佐伯)「それも、都市戦略なのか」
(城山)「さぁ、まとめるわよ」
(ふたり)「ハイ!」
 

幻の繁栄〜あいの国篇(8)「日本初の自由貿易都市へ」

 
越中都の奇跡的な発展
100万だった人口は、半世紀で250万人まで成長
都知事からの指令を受けた『あいの国都市戦略研究所』の特命チームでは、更なる半世紀の繁栄を目指して、過去の成功した要因分析を行なっている
今日は、全員が集まって中間報告が行なわれていた
各担当者からの報告を受ける前田リーダー
 
(城山)「とにかく、越中市や越中都が実現したのはスピードなんです」
(姫乃樹)「ちょっとでも躊躇してたら、大変な事態になってたと思います」
(佐伯)「それを実現させたのは、知事の決断力と行動力」
(城山)「そして、独自戦略がものをいっている」
(姫乃樹)「他所が真似できない取組みを行なった」
(佐伯)「やるかやらないかの差別化です」
(前田)「よくまとまっているわ。城山主任は、これからの半世紀戦略にも活かせると…?」
(城山)「ハイ!大いに活かせると思います。正しい決断を素早く決定するには、情報収集は欠かせません」
(姫乃樹)「50年前と違うのは、スピード決定ができるシステムづくりですね」
(佐伯)「われわれが、頑張らないと!」
 
3人の説明を受けて、リーダーは笑顔になった
引き続き、神保主任からの報告を受ける
 
(神保)「都市基盤の交通インフラですが、こちらは越中市が誕生したからこそ実現できたものばかりです」
(青井)「北陸新幹線も東富自動車道も、越中市の存在が政府を動かしています」
(神保)「やはり、政府が市町村合併のモデル都市として評価した事が大きいですね」
(青井)「結論としては、越中市が実現していなければ、今でも北陸新幹線も東富自動車道も実現していないだろうと言う事です」
(神保)「つまり、奇跡的な成功例だと言えます」
(前田)「この分析から、神保主任は、何を活かせると考えますか…?」
(神保)「大きな物を動かすには、必ずそれに見合った条件づくりを行なう必要があると言う事です」
(青井)「かなりしっかりとした『大義名分』ですね」
(神保)「それも戦略的な裏付けがないとイケマセン」
(青井)「ですから、われわれの戦略立案は、トータル的に行なう必要があるんです」
(前田)「すべての物が連動する都市戦略ですか?」
(ふたり)「ハイ!」
 
みんなからの報告を受けて、リーダーは納得の表情
 
(前田)「奇跡的な半世紀、その基礎となった分析調査は、これでイケルでしょう」
 
リーダーの一言で、みんな安堵感が漂う
 
(城山)「では後半戦ですね」
(前田)「次は、飛躍の元となった都の独自戦略を分析しましょう」
(神保)「じゃぁ、組み替えですかね?」
(青井)「大将!、組み替えですか?」
(前田)「お嬢は?」
(城山)「構いませんよ」
 
という事で、新しい課題に取組む事に
そして、この会議室では早速…
 
(神保)「さぁ、やるぞう!」
(姫乃樹)「ハイ!。でも、博士寂しそうでしたよ」
(佐伯)「『ボク、いらん子なんだ…』って言ってました。」
(神保)「まぁ、あいつもすぐわかるよ!」
(ふたり)「?」
  意味ありげな大将の言葉に、キョトンとするふたり
(佐伯)「で…大将、我々は何を調べるんですか?」
(神保)「産業だよ」
(姫乃樹)「産業ですか?」
(神保)「今、越中都は何と呼ばれている?」
(佐伯)「国際都市ですね」
(姫乃樹)「それを支えている国際的な企業」
(神保)「何故、ここまで国際的な企業が出来たか?」
(佐伯)「越中都が大都市だからですよね」
(神保)「違うんだ!」
(姫乃樹)「自由貿易都市だから」
(神保)「その通り!」
(佐伯)「自由貿易都市って、そんなに大事なんですか?」
(姫乃樹)「日本で唯一だから…」
(神保)「そう!」
(佐伯)「でも、今は自由貿易の時代だから、あまり意味が無くなってきてるって話ですよね」
(神保)「それは今の話」
(姫乃樹)「始めた当時は、大変な事だった」 
 
3人は、資料集めに取りかかり、あっという間に会議室は資料の山に…
資料とにらめっこしながら
 
(佐伯)「こんな記事が出てきましたよ」
(神保)「うん?」
(佐伯)「1975年の記事なんですが、新産業都市の企業誘致に行き詰まり…」
(姫乃樹)「痛いオイルショック!、太平洋側との格差是正に暗礁か…」
(神保)「思うように、企業誘致が進んでいなかったという事だろうね」
(佐伯)「越中市が誕生して、人口も伸び始めていたんですよね?」
(神保)「伸びているだけに、企業誘致がうまくイカナイと、頭打ちになる可能性もある」
(姫乃樹)「でも、同じ年の記事には、これ!」
(佐伯)「新幹線開業年に、越中都誕生へ!」
(神保)「1977年に向けて、動き出したという事だね」
 
おもむろに、資料を取り出す大将
 
(姫乃樹)「『富山伏木港の自由貿易都市に関する構想案』?」
(佐伯)「作成年は、1975年ですね」
(神保)「ここの部分、読んでごらん」
(姫乃樹)「来る越中都時代は、国際都市を目指す…」
(佐伯)「その為に、富山伏木港を日本初の自由貿易港を目指すべき…」
(神保)「太平洋側の港湾に対抗する手段を見いだそうとしていたんだね」
(佐伯)「自由貿易港って、何がメリットあるんですか?」
(姫乃樹)「ボン!知らないの?」
(神保)「もともとは、中継貿易や加工貿易を目的とした港を指していて、その港湾と周辺エリアでは、貿易関税を掛けないというもの」
(姫乃樹)「例えば、原材料を自由貿易港に持ち込んでも、税金が掛からない。そこで加工されて、第3国に輸出しても税金が掛からない」
(佐伯)「企業にとっては、魅力的ですよね」
(神保)「逆に政府には、直接的な税金が入らないから、魅力と感じない」
(姫乃樹)「じゃぁ、なんで越中都は、それを目指したんですか?」
(神保)「直接的な税金は入らなくても、港を使ってもらえると港湾使用料が入って来る」
(佐伯)「折角つくった港ですもんね」
(神保)「更に、企業が集まれば…」
(姫乃樹)「わかった!、雇用が生まれて、人口も増える」
(神保)「人口が増えれば…」
(佐伯)「商業活動も活発化する」
(姫乃樹)「法人税も…、増える?」
(神保)「トータル的には…、」
(佐伯)「メリットが多いですね」
(姫乃樹)「でも、日本では実現してなかったんですよね」
(神保)「国内でも議論はあったけど、構想の域がでなかったんだよ。いつも、時期尚早ってなってしまう」
(佐伯)「じゃぁ何故、越中都は実現できたんですか?」
(姫乃樹)「それは、都市州になったからでしょ!」
(佐伯)「そうか!」
(神保)「権限委譲の都市国家になれば、独自政策を打ち出せる」
(姫乃樹)「それには、国の了解は必要ない」
(神保)「基本的にはだけど…」
(佐伯)「国の官僚が、越中都の地方省庁長になりましたけど、それは足かせにならなかったんですか?」
(姫乃樹)「あッ!いいとこ突くね!!」
(神保)「それが、逆に役立ったんだよ」
(佐伯)「そうなんですか?」
(神保)「官僚は、新しい事をやりたがっていたんだ。それが大きい国家だとやれなかった」
(姫乃樹)「でも、小さい国家だったら…」
(佐伯)「やれちゃうってこと」
(神保)「新しい事は、面白がって積極的に取組んだって話だよ」
(姫乃樹)「うまく取込めたって事か」
(佐伯)「でも、地元の反対なんてなかったの」
(神保)「反対する理由は?」
(姫乃樹)「ねぇ?」
(神保)「ひとつ大きな成功例が出ると、動き出す」
(佐伯)「成功すれば、確かに反対する理由はないですよね」
(姫乃樹)「スゴいですね、この展開は」
 
更に、大将が記事を取り出す
 
(佐伯)「『自由貿易都市で黄金の80年代へ!』ってありますね」
(姫乃樹)「1980年って、東富自動車道が開通した年…?」
(神保)「富山伏木港の快進撃が始まった年って事」
(佐伯)「富山新港が開港して12年目?」
(姫乃樹)「でも、何故『自由貿易港』と言わずに『自由貿易都市』と名乗ったんですか?」
(神保)「それは、内外に対する行政の姿勢を示したかったんだろうね」
(ふたり)「行政の姿勢?」
(神保)「当時のパンフレッドには、国際港湾都市を目指すってあるでしょ」
(姫乃樹)「国際都市!」
(佐伯)「そうか、これからの越中都が目指すものを示したかった」
(神保)「港という狭いエリアの話ではなくて、都市という単位で、越中都全体の発展を考えたかった」
(姫乃樹)「ハンザ都市ってのも、意識にあったんですかね」
(佐伯)「中世の自由貿易都市かぁ?」
(神保)「さぁ、それはなんとも言えないけど、似てる話だよね」
 
みんなが、納得した表情
そして、おもむろに大将が、
 
(神保)「でも、越中都が産業で成功したのは、この自由貿易都市だけではないんだよ」
(佐伯)「そうなんですか?」
(姫乃樹)「次のテーマですね」
 

幻の繁栄〜あいの国篇(9)「大学発の世界企業大国へ」

 
自由貿易都市となった『越中都』
繁栄に隠された戦略を前に、その重要性を改めて確認した大将・姫・ボンの3人
しかし、まだまだ調査は終わらない
 
(神保)「越中都の強みって、何だろう?」
(姫乃樹)「唐突になんですか?」
(佐伯)「えぇ〜と、やっぱり経済ですよね」
(姫乃樹)「うん、企業がいっぱいある」
(神保)「でも、なんで企業ができたのかなぁ?」
(佐伯)「そりゃ、大都市だから…、」
(神保)「企業誘致が容易にできたという事?」
(佐伯)「ではないか…?」
(姫乃樹)「越中都には、地元企業が多いからですか?」
(神保)「そういう事でしょ」
(佐伯)「そっか!、それが差別化戦略」
(姫乃樹)「そう言えば…、確かにほかの地方都市は、企業誘致にチカラを入れてるけど…」
(神保)「越中都に、地元企業が多いでしょ」
(姫乃樹)「それは、強みなんだ!?」
(神保)「でも、どうして地元企業が多いのか?」
(姫乃樹)「企業をつくった人がいるからですよね?」
(佐伯)「やるきのある人がいたから!」
(神保)「うん、それだったら他の都市でも実現できる話だよね」
(姫乃樹)「そうね、そこには戦略がありそう…?」
(佐伯)「そういう事か!」
 
3人は、これまでの資料に輪をかけて、会議室を資料を並べていた
 
(佐伯)「これ、あとで片付けるの大変そうですよね」
(姫乃樹)「ホントね」
(神保)「資料を整理しながら調べてるから、大丈夫だよ」
(姫乃樹)「あッ、ハイ」
 
資料と格闘する3人
 
(神保)「現在、上場企業は何社になるのかなぁ?」
(姫乃樹)「東証大証やジャスダックなどを全部合わせると、えぇ〜と、98社ですね」
(佐伯)「あと2社で100社!、スゴいなぁ」
(神保)「他県と比べるとどうなの?」
(姫乃樹)「東京都には、2000社近くありますけど…」
(佐伯)「東京都は、さすがに別格でしょ」
(姫乃樹)「大阪府が495社、愛知県が238社、神奈川県が207社、兵庫県が121社、その次が福岡県の81社…」
(佐伯)「という事は、越中都は全国で6番目に上場本社が多い場所になるんですね」
(神保)「昭和50年頃の上場企業は、わずか5社だから…」
(佐伯)「93社も増えた計算?」
(神保)「その原動力となったのが、これだね」
 
大将が資料の山から取り出した冊子
 
(姫乃樹)「越中都大学フロンティア計画…?」
(佐伯)「これは、どういうのですか?」
(神保)「今、越中都には大学がいくつあるかな?」
(姫乃樹)「総合大学が6つですよね」
(佐伯)「単科大学を含めると10大学」
(神保)「昭和40年代の富山県時代には、大学はたったの1大学しかなかったんだ」
(姫乃樹)「えッ!、1大学!!」
(佐伯)「じゃぁ、大学なんか選べないじゃないですか!?」
(姫乃樹)「1大学ということは、国立大学だけだった」
(神保)「そう、大学がなかった」
(姫乃樹)「だから、大学を増やそうとしたのが、この計画ですね」
(佐伯)「あッ、ここに『5学部以上の総合大学を6つにする』と書いてあるよ」
(姫乃樹)「東京6大学を意識したのかなぁ」
(神保)「それも戦略なんだろうね」
(佐伯)「『育成した大学は、世界に通用する学術拠点とする』って、まさに今の6大学そのもの」
(姫乃樹)「でも、簡単に大学って造れないでしょ」
(神保)「ここに、戦略が書いてある」
(姫乃樹)「国立1大学と私立が5大学ですか」
(佐伯)「でも、私立を5大学も造るのって大変ですよ」
(神保)「そこで、都も加わった第3セクター化で実現させているんだよ」
(佐伯)「知らなかった」
(姫乃樹)「実現できたのは、県から都に昇格したのもあるんですよね」
(神保)「そうだね、大学設置の許認可権が、国から都に権限譲渡されたのが大きかった」
(佐伯)「他県で大学設置となると、文部科学省の管轄ですけど、越中都では独自判断で大学が増やせる?」
(神保)「もともと大学設置に意欲があった私学2校を後押しして、2大学を実現させた」
(佐伯)「残り3大学は?」
(神保)「県内の経済界を、3つのグループに分けて、大学設立に協力してもらっているんだ」
(姫乃樹)「とにかく、総合大学を造る事に心血を注いだって事ね」
(佐伯)「でも、大学を造るのと、企業ができるのは関係するんですか?」
(神保)「何もない所からは、産業は生まれないよね」
(姫乃樹)「何か技術なり、考えがないと起業するってはならない…」
(佐伯)「起業の卵?」
(神保)「あ〜、そうだね。起業家の卵か?」
(姫乃樹)「わかった、起業家の卵を育てるのが大学ね」
(佐伯)「でも、1大学からよく6大学まで増やしたんでしょ。大変そう」
(姫乃樹)「ここに、こんな記事があるわ」
 
姫が、資料の山をかき分けて新聞紙のコピーを取り出した
 
(姫乃樹)「都が私学育成に大型助成!」
(神保)「1978年の記事だから、都に昇格した翌年だね」
(佐伯)「一部議員が、私学助成に反対表明とも書いてある」
(姫乃樹)「税金を民間助成に使うべきではないと…」
(神保)「そういう意見もあったんだろうね」
(佐伯)「助成がないと、私立大学って出来ないんですか?」
(神保)「その当時は、国立神話だったんだよ」
(姫乃樹)「どういう事ですか?」
(神保)「当時の富山では、国立に進む事が優秀と見ていたんだ」
(佐伯)「私学は?」
(姫乃樹)「デキの悪い人が行くところという話は、昔聞いたことがある」
(佐伯)「酷い話だなぁ、ボク私学ですよ!」
(神保)「まぁまぁ、その当時の話だよ」
(姫乃樹)「なんか、話が田舎って感じ」
(神保)「とっても、保守的だったんだ」
(佐伯)「でも、助成したんですね」
(神保)「とにかく、総合大学を増やさないとイケナイ」
(姫乃樹)「何故、総合大学なんですか?」
(佐伯)「それは、有名大学って、ほとんどが総合大学だからでしょ」
(姫乃樹)「そっか」
(神保)「総合大学を複数持っている事は、他県とのアドバンテージになったんだろうね」
(姫乃樹)「確かに、総合大学がある県って、ほとんどが大都市ばかり」
(佐伯)「総合大学が、都市のシンボルでもあるのか」
(神保)「でも、この計画が目指したのは、そこじゃない!」
(ふたり)「エッ!?」
(神保)「さっき、話したばかりじゃん」
(姫乃樹)「起業家の卵を育てる?」
(佐伯)「それと総合大学って?」
(神保)「会社って、どんな組織かなぁ」
(姫乃樹)「社長がいて、営業がいて、技術者がいて…、そっか!」
(佐伯)「いろんな人材が必要なのか?」
(神保)「更に、産業界はライバルがいないと発展しないでしょ」
(姫乃樹)「複数の大学を抱えることで、起業家の競争が起こるという事…、」
(佐伯)「確かに、98社ある上場企業のほとんどが、どこどこ大学の系列って言われてますもんね」
(神保)「そういう大学出身の企業が増えると、都も発展するし、大学自身も発展する」
(姫乃樹)「他県からも、学生がやって来る」
(佐伯)「いやいや、今や海外からやって来てますよ」
(神保)「それが、都の戦略だったという事」
(姫乃樹)「まさに、国際大学か」
(佐伯)「で、越中都は国際都市と言われる」
(姫乃樹)「まさしく、世界に通用する学術拠点都市」
(佐伯)「そこまで、都は狙っていたんですね」
(神保)「自由貿易都市であり、学術起業都市」
(姫乃樹)「ただ、都市が大きくなっただけではないんだ」
(佐伯)「ちゃんと、そこには理由がある」
(神保)「いや、これは仕掛けだよ」
(ふたり)「仕掛け!?」
(神保)「どんな都市にするのかは、どの自治体でも作成できる話」
(姫乃樹)「なんとか総合計画ですか?」
(佐伯)「どんな自治体でも、作成しますもんね」
(神保)「でも、その総合計画がちゃんと実現したなんて話は、」
(姫乃樹)「聞いたことがないです」
(佐伯)「だって、ほとんどが抽象的は言い回しで、玉虫色って内容ですから…」
(姫乃樹)「そこまで、言っちゃう?」
(神保)「ひどい所だと、その土地とゆかりもなにもない専門家が、総合計画を策定する事なんて、よくある話」
(姫乃樹)「あと、地元の有力者に考えてもらう…なんてもありますもんね」
(佐伯)「そんな他人任せの、総合計画ってどうなの!」
(姫乃樹)「計画をつくって安心しちゃう?」
(神保)「だから、構想や計画は出来ても、仕掛けがないと実現しないという事」
(姫乃樹)「実行力ですか?」
(佐伯)「じゃ、今後われわれが考えなければならない『100年都市計画』は…?」
(神保)「抽象的で、玉虫色では駄目って事だよ!」
(姫乃樹)「仕掛けを考えないとイケナイ」
(佐伯)「マジっすか!?」
(姫乃樹)「あ〜あ、自分で自分の首を絞めたわね」
(神保)「だから、過去を調べろだったんだ?」
(姫乃樹)「それも、戦略だったんですかね?」
(佐伯)「ボク達は踊らされてたんですか?」
(神保)「いや、逃げるなよって事だよ!」
 
調査が佳境に向かえば向かう程、事の重大さはましてゆく
都市づくは難しい
だが、避けてはイケナイ道程
今回の調査が奥深い事を、改めて実感する3人だった
 

幻の繁栄〜あいの国篇(10)「富山空港にジャンボ機が飛来」

 
あいの国都市戦略研究所のスタッフは、越中都の奇跡的な繁栄を調査すべく、最後の佳境へと差し掛かっていた
ここ第1会議室では、ちょっと覇気がない博士こと青井研究員が、タンタンと資料に向き合っている
 
(城山)「ちょっと博士!、なんか元気ないんじゃないの!?」
(青井)「あぁ〜、お嬢。大丈夫ですよ…」
(城山)「何が大丈夫よ、も〜!!」
 
そんな雰囲気の中、会議室の扉が開いた
そこには、初々しい表情の女性が入ってきた
 
(謎の女性)「あの〜、すいません、城山さんは…?」
(城山)「私よ」
(青井)「ああ…、いらっしゃい…」
(城山)「博士!、よだれが!」
(青井)「えぇぇ!」
(謎の女性)「前田さんから、こちらに行くように言われて来ました」
(青井)「…?」
(城山)「あぁ、インターシップの子ね?」
(謎の女性)「ハ、ハイ!そうです!!」
(城山)「お名前は?」
(謎の女性)「進藤といいます、宜しくお願いします!!」
(青井)「あぁ、宜しくお願いします!」
(城山)「良かったわね、華が来て!」
(青井)「えぇ〜、そんな事ないですよぉ」
(城山)「声が裏返ってるよ」
 
お嬢は、博士にちょっとあきれながらも、進藤君にどんな調査をしているかを説明した
 
(城山)「大学は確か…?」
(進藤)「日本海大学です」
(青井)「専攻はなんですか?」
(進藤)「経済学部の地域経済専攻です」
(青井)「この研究所にぴったりじゃない」
(城山)「おいおい」
(進藤)「スゴく楽しみにしてました。一ヶ月間お世話になります」
(城山)「こちらこそ」
(青井)「ずっといても良いよ」
(進藤)「そうしたいです!」
  あきれてものが言えないお嬢
(城山)「さッ!、やるわよ!!」
(ふたり)「ハイ!!」

急に、やる気満々になる博士 
そして、3人が取り組みはじめたのは、新幹線・自動車道と並ぶ、3大高速交通機関の空港
 
(青井)「お嬢!、大まかな年表が出来ましたよ」
(進藤)「お嬢ですか?」
(城山)「そう呼ばれてるのよ」
(進藤)「城山のじょうだから?」
(青井)「違う違う、お嬢様のお嬢!」
(進藤)「お嬢様のお嬢ですか!?」
(青井)「お嬢はね、あの有名な…」
(城山)「博士、余計な事言わなくていいの!!」
  ちょっと、ムッとするお嬢
  悪い事を聞いたような表情の進藤君
(進藤)「すいません…」
(城山)「別に謝る必要ないわよ、進藤くんもお嬢と読んでいいからね」
  ウィンクする城山に、胸をなで下ろす進藤君
  テープルには、年表が拡げられた
(進藤)「もともとは、富山空港と言われてたんですね」
(城山)「それが、越中国際空港と言われたのが1998年」
(青井)「冬季五輪が開催された年ですよね」
(進藤)「良く覚えてますよ!、五輪を見に行きましたから」
(青井)「いまから14年前」
(進藤)「私が、7歳の時です」
(城山)「まじで!、ついこの前のような感じがしてたんだけど…」
(青井)「若いね」
  悪かったわねっていった表情をするお嬢
(城山)「まぁ、この冬季五輪を、越中都で開催する事になったからこそ、富山空港の大拡張ができた訳なんで」
(青井)「大義名分ってやつですか」
(進藤)「もともとは、旧空港は神通川の河川敷にあったんですよね?」
(城山)「いまも、河川敷にあるわよ」
(進藤)「あそこ、河川敷なんですか?」
(青井)「それまでの富山空港は、滑走路が短くて大型機が飛ばないし、誘導路もなかった」
(城山)「都心に近い分、発着枠制限もあって、空港機能としては限界に近かったのよ」
(進藤)「で、空港の大改造?」
(青井)「当初は、富山湾に海上空港を造ろうという話が強かったって記事もあるけど…」
(城山)「現空港は都心に近くて、環状鉄道も乗入れてるでしょ」
(進藤)「便利ですよね」
(城山)「富山中央インターチェンジも近くにあるので、現空港の大改造が選択された」
(青井)「海上空港なら24時間運営もできるのにね!?」
(進藤)「妥協したという事ですか…?」
(城山)「違うわ!、利便性が高くて、海上空港よりも格安で造れるからよ」
(青井)「新空港を造るよりも、工事期間も短い」
(城山)「その通りよ」
(進藤)「そう言えば同じ国際空港でも、関西空港や成田空港よりは、都心に近い大阪空港や羽田空港の方が人気が高いですもんね」
(青井)「福岡空港なんて、博多駅からたった2駅で着いて、超便利ですよ!」
(城山)「越中都は、その都心の傍にあるメリットを選択した」
(青井)「それも、都市戦略なんだ…」
(城山)「そこで、河川敷をずらして、誘導路も完備した3千メートル滑走路を造ったのね」
(青井)「晴れて、ジャンボ機が飛来してきた」
(城山)「おかげで、今じゃ豪州をはじめ、欧州や北米路線もできたと言う事」
(進藤)「でも、空港整備と河川工事って、調整するのが大変そうな感じなんですけど…」
(城山)「いずれも、都が管理してるからスムーズにいったのよ」
(青井)「これが他の県だったら、『できません!』って言われてたんでしょうね」
(進藤)「それは、どこから言われるんですか?」
(城山)「他県では、河川工事は国土交通省が管轄しているからよ」
(進藤)「国にお伺いをたてる…?」
(青井)「予算とか降りるまで、何年も掛かったりもするからね」
(城山)「でも、富山県から越中都になる際に、都市州としてかなりの権限を国から移管できてたからよ」
(進藤)「都って、スゴいんですね」
(青井)「問題だったのは、高速道路の地下道化ぐらい」
(城山)「そうね、あれは国だったから…」
(進藤)「そんな所には、まだ権限が残っていたんですね?」
(城山)「融通が効かないだけなんだけど…」
(青井)「で、ウルトラC」
(進藤)「ウルトラCですか?」
(城山)「日本道路公団の都内区間を、越中都の都市高速道路公団が引き受けたという事」
(進藤)「じゃ、都が高速道路の地下道化を行なったという事ですか?」
(青井)「その通り!」
(城山)「まぁ、国が大目にみてくれたという事もあるんでしょうけど」
(進藤)「やっぱり、冬季五輪が誘致できなかったら、空港拡張は出来てなかったんですか?」
(城山)「間違いなく、空港拡張は実現してないでしょうね」
(青井)「それだけ、五輪というイベントのチカラは強かった」
(城山)「五輪が決まってから、わずか6年で開港させたんだから」
(進藤)「すごいです」
(青井)「五輪開催というのがあったので、空港名に国際の文字が入った」
(進藤)「国際って、簡単に名称に付けていいものなんですかね?」
(青井)「基本的には、国管理の第一種空港に指定されないとイケナイけど…」
(城山)「まぁ、基本的には空港行政も、国から都に権限委譲されてたからね」
(青井)「他県より、はるかに自由度が高い」
(進藤)「つまり、五輪開催自体が戦略だった…?」
(城山)「鋭いわね」
(青井)「そうなんですか?」
(城山)「空港の名称を、単に富山国際空港にしないで、越中国際空港としたでしょ」
(進藤)「越中という名称を、世界に売り出したかったから」
(城山)「その通り!」
(青井)「そうか!、越中都の国際都市戦略の一貫って事か?」
(城山)「五輪を開催する事だけが、意義ある事ではなかったのね」
(青井)「五輪開催と同時に、越中国際空港が出来たのは、日本に国際都市『越中都』がある事をPRしたかったという事…」
(進藤)「じゃぁ『越中の世界デビュー』だったんですね」
(青井)「その表現、うまいなぁ」
(城山)「進藤君は、博士よりも使えそうね」
(進藤)「えぇ、そんな〜」
(青井)「マジっすか!?」
 
佳境を迎えた、あいの国都市戦略研究所の調査
いかに、越中都が奇跡的な繁栄を迎えたのか?
調査する研究員も、改めて『都市戦略』の大切さを痛感しはじめていた
 

幻の繁栄〜あいの国篇(終)「すべては幻なのか…。」

 
越中国際空港が、いかに戦略的に誕生したかを報告書でまとめたお嬢こと城山チーム
続いて取りかかったのが、都民の誇りに対してだ
 
(城山)「都民の誇りって、何があるかなぁ?」
(青井)「やっぱり、プロスポーツじゃないですか!」
(進藤)「そうですよね、私はJリーグの試合をよく見に行きますよ」
(城山)「Jリーグにbjリーグ、それにNPBのプロ野球チーム」
(青井)「3チームもありますから」
(進藤)「地元チームの話になると、盛り上がります!」
(城山)「チームの活躍は、全国のスポーツ番組に毎日取り上げられてるから、越中のPRにもなってるわね」
(青井)「確かに、先日も東京に行ったときなんかは、サンダーバーズ頑張ってるねって言われました」
(進藤)「あと、私も石川県の友達からは、プロ野球チームがあるのを、羨ましがられました」
(青井)「そうだよね、全国で12チームしかないプロ野球のチームを抱えているのは、スゴいと思うもん」
(城山)「じゃぁ、プロスポーツ誕生の歴史を考えてみますか?」
 
3人は、過去の資料を調べはじめた
 
(城山)「Jリーグが誕生したのは、1993年」
(青井)「前年に、越中都は冬季五輪誘致に名乗りを上げている」
(進藤)「スポーツにチカラを入れ始めた頃ですかね」
(城山)「そうね、都の人口も200万人に届きそうな時だから、名前を全国区にする取組みをはじめたのよ」
(進藤)「そんなに、知名度がなかったんですか?」
(青井)「ある程度は、あったと思うけどね!」
(城山)「いや、全くなかったようよ!!」
(進藤)「知名度って、どの程度だったんですか?」
(城山)「私が高校生だったころ、インターハイで地方都市に良く行ったのよ」
(進藤)「インターハイに出てたんですか?」
(青井)「テニスですよ」
(進藤)「カッコいいなぁ」
(城山)「うぅぅん…、で良く言われたの」
(青井)「何てですか?」
(城山)「越中って東北でしたよねとか、金沢県の越中ですよねとか…」
(進藤)「ホントですか!!」
(城山)「スゴく悔しい思いをしたわ」
(青井)「酷いですよね!」
(城山)「でも、越中の知名度って、そんなものだったのよ」
(進藤)「そんなに知名度がなかったんだ」
(城山)「それでも、その頃は都になってた頃だから、まだ良くなってたらしいの」
(青井)「それじゃ、その前はもっと酷かった」
(城山)「全国に知られていなくて、存在感も全くなかったようよ」
(進藤)「だからこそ、全国にアピールする必要性があった」
(青井)「それで、冬季五輪誘致やプロスポーツ誘致を目指したんですね」
(城山)「それは、都知事の考えだったけど…」
(進藤)「どうしたんですか?」
(城山)「この記事を見て…」
(青井)「無謀な冬季五輪誘致…」
(進藤)「無駄な事業との批判が続出…」
(城山)「決して、賛同ばかりじゃなかったようね」
(青井)「酷いな、何もわかってない意見じゃないですか」
(進藤)「確かに、お金は掛かりますけど」
(城山)「戦略ってのは、理解されない事が多いのよ」
(青井)「何でですか?」
(進藤)「必ず反対者や批判者って、出てきますよね」
(城山)「戦略と言われても、日頃の生活に直接変化を生む訳じゃないからだと思うの」
(青井)「生活に密着したものだと、戦略と感じるのか?」
(進藤)「難しいもんなんですね」
(城山)「いいと思った事でも、評価されないと前に進めない」
(青井)「それじゃ、良くならないじゃないですか!?」
(進藤)「そうですよ、まるで今の政府みたいです?」
(青井)「あッ!、そう言う事か!」
(進藤)「どうしたんですか?」
(青井)「反対があっても、良い事なら前に進めさせるべき…」
(城山)「それができるかどうかが、リーダーの決断力と実行力という訳」
(進藤)「知事って、重要なんですね」
 
あらゆる面で、リーダーシップに重要性を感じる3人
 
(青井)「冬季五輪誘致が成功したのも、プロスポーツ誘致に繋がったんでしょうね」
(進藤)「あの都市ならやれるかもしれない」
(城山)「そうなのよ、外から評価されてはじめて、自分達なら出来るかもしれないとなった」
(進藤)「消極的な都民性だったんですかね」
(青山)「超保守的だった」
(城山)「石橋を叩いても渡らない」
(青井)「いや、石橋を叩きもしないで、渡りもしない」
(進藤)「前に進まない」
(城山)「それを進めたのが、都のリーダーだったという事」
(青井)「冬季五輪の施設を改造して、プロチーム誘致へ繋げてますもんね」
(進藤)「屋内スピードスケートの会場は、Jリーグ用のスタジアム」
(青井)「フィギアスケートの会場は、bjリーグ用のスタジアム」
(城山)「開閉会式やアイスホッケーの会場は、プロ野球用のスタジアム」
(青井)「プロ野球チーム誘致の際には、ドーム化するのも大反対がありましたね」
(進藤)「そんな批判があったんですか?」
(城山)「それが、いまじゃ年間150万人の観客動員が出来ている」
(青井)「結果が出ると、賛美に変わる」
(進藤)「世論って、そういうものなんですか…」
(城山)「だからこそ、世論って怖いものなのよ」
 
都知事から特命を受けていた、あいの国都市戦略研究所のメンバー
奇跡的な発展を遂げた越中都の軌跡を、最終報告書としてまとめあげていた
 
(姫乃樹)「完成しましたね」
(神保)「越中都の成功は、ホントに奇跡的だったなぁ」
(城山)「そうですね、ひとつ間違えていたら、今の繁栄はなかった」
(佐伯)「そこには、これからの50年の為に必要な要素がつまっている」
(青井)「だから、報告書では、1960年の決断が無かったらどうだったかのシミュレーションもしたんですね」
(進藤)「その結果は、どうだったんですか?」
(姫乃樹)「厳しいですよ」
(佐伯)「想像するだけでも怖い」
(青井)「いや〜、ボクはここにいなかったんでしょうね」
(進藤)「というのは?」
(青井)「こんな魅力のない街に、いないという事」
(進藤)「そんな酷いんですか?」
(神保)「もし、富山市と高岡市の合併による政令指定都市が実現できずに、全ての市町村と県による越中都も実現しないで富山県のままだと仮定すると…」
(城山)「いまの人口は、推定105万〜110万人ほどしかない」
(進藤)「えッ!、越中都の半分以下しかない!!」
(青井)「石川県よりも人口が少ないって事だよ…」
(佐伯)「そう!。人口は、1960年からほとんど伸びていない」
(神保)「人口が伸びていないというのは、発展していないという意味になるなぁ」
(城山)「リーダーの読み…、正しかったのね」
(姫乃樹)「問題なのは…」
(青井)「間違いなく富山県のままだと、北陸新幹線も東富自動車道も越中国際空港も出来ていなかった!」
(進藤)「本当ですか…」
(佐伯)「それだけじゃなく、冬季五輪やプロ野球チームもできていない…」
(城山)「やるべき事をやらないと、とんでもない事になっていた…。」
 
一同、沈んだ様子になる
 
(神保)「まぁ、仮定だからね」
(城山)「そうよ、だからこそ、これからの50年って大事になるって事!」
(姫乃樹)「ところで、リーダーは?」
(青井)「なんか、知事執務室に呼ばれたみたいだよ」
(佐伯)「報告にですか?」
(城山)「いやいや!、報告書は出来たばかりだよ、ここにあるもん」
(神保)「開かずの扉を開けたかな!?」
(佐伯)「キャァ〜」
(青井)「って、お前かよ」
 
そんな前田リーダーが、神妙な面持ちで知事執務室に
何やら、重苦しい雰囲気
 
(知事)「報告書の方は、どうかな?」
(前田)「もう仕上がっている頃だと思います」
(知事)「うん、そうか」
(前田)「あの時の決断がなければ、今の繁栄はありませんでした」
(知事)「もし、あの時の決断がなければ、どうなっていたか…?」
(前田)「富山県のままだと、発展はまったくしていないと思われます」
(知事)「そうか…」
(前田)「だからこそ、これからの50年を見据えると…」
(知事)「前田君、ちょっとこちらに来てくれたまえ」
 
リーダーの声を遮り、知事が手招きをする
知事の表情から何かを感じるリーダー
 
(知事)「私に届いたメールを見てくれるかな…」
 
知事は、自分のサブノートをリーダーに向けた
恐る恐る覗き込むと
 
(前田)「こ…これは…、これは悪いいたずらですか?」
(知事)「私も最初は、そう思ったのだがね」
(前田)「でも…」
(知事)「差出人をみてくれ」
(前田)「富山県知事?」
(知事)「ここの執務室を使い始めてから、届くようになったんだ」
(前田)「えッ!、ここって…?」
(知事)「昔の富山県庁、その知事室だよ」
(前田)「まさか…」
(知事)「どうも、そのメールは本物らしい」
(前田)「えッ!、…もうひとつの世界がある…。」
(知事)「1960年から、何も変わってない富山県があるんだよ」
(前田)「…。」
 
声を失うリーダー
何が起こったのか!?
 
(知事)「富山県知事から届いた他のメールも見てくれ!」
(前田)「は、はい…。」
(知事)「あの時の決断がなかった『ふるさと』が実在する」
(前田)「…助けを求めている…」
(知事)「衰退著しいそうだ」
(前田)「…越中都知事からのアドバイスが欲しい…?」
(知事)「さぁ、どうするか…」
 
思いもよらない話を聞かされた前田リーダー
もし、あのときの決断がなければ…
そんな仮定が実在する
震えが止まらないリーダー
窓の外を見つめる都知事を、ただただ見つめるしかなかった
 
(知事)「すべては、幻なのか…。」
 

幻の繁栄〜あいの国篇(番外)「あとがき」

富山県は、本当ならもっと発展していたのではないか?
小生が、そう感じたのは大学生の頃
県外に出てから
越中を離れてわかったのは、富山県は先進的な都道府県に比べると、まったく発展していないという事
かなりのショックを感じたものだった
と同時に、知名度の低さを思い知らされた
哀しいくらいに
これまでは、日本海有数の工業都市として、着実に発展しているのかのように思っていた訳で
新産業都市構想やテクノポリス構想など
国の施策をいち早く取り入れて、先進的な県であるように感じもしたし、
地元メディアも華やかな報道を行なっていた
まるで、富山県は将来性が高く、発展著しいかのように…
だからこそ
何故、新幹線ができないのか?
何故、いろんなものができないのか?
そう思っていたのだが…、
県外から富山を見たとき、間違いなく富山は魅力的とは言えなかった
それは、
 
『虚空の発展だった現実という事』
 
だが、その一方で…
 
『本当に、発展できなかったのだろうか?』
 
とも感じたのです
調べてみると、とてつもない可能性を富山県は、かつて持っていた事がわかってきた
それが、1960年代
今回の新春特集は、その可能性が実現していたならば、どうなっていたのか?
仮定の話ではあるが、
今後の富山県の在り方を考える時には、今一度、過去を振り返り、再び過ちを起こさない糧とすべきだと思ったのです
 
すべてのはじまりは、
1960年の元日、正力松太郎が富山県内の24万世帯に配ったチラシからだった
その正力松太郎の思い
東京と富山の格差是正
その為には、富山市と高岡市を軸とした100万都市を富山県に実現させなければいけないという熱い主張
そして、
将来的には、全県を一市とさせるという大胆発想
そういった取組みを行なえれば、越中はもっと栄える
その思いに答えたのは、その当時の富山県知事だった吉田実と高岡市長だった堀健治
吉田実は、大島町の出身
その隣り大門町出身が、正力松太郎
そして、大島町と大門町に隣接するのが、高岡市
この呉西連合が、構想を押進めてゆく
チラシが配られた1960年末には、富山県は市町村合併の具体的な組合わせを自治省に提出する
そこには、富山市と高岡市を軸に周辺市町村と合併させる案が示してあった
A案が、富山市と高岡市、そして中間都市とによる45万都市構想
B案が、更に周辺都市を取込んだ、22市町村による71万都市構想
この構想は、新産業都市の指定を受けるために、必須だと考えられていた
新産業都市指定に向けて、更に周辺都市からもエリアに入りたいという要望が出る
それらを合わせると、人口規模は80万人を超える事に
富山県や高岡市は、これらの広域合併を一気に実現させる『大同団結合併』を唱えた
高岡市の堀市長は、『日本海市』という具体的な新しい市の名称案も掲げた
多くの市町村が、壮大なビジョンに期待を寄せて、賛同してゆく
構想は、一気に実現するかと思われた
だが一方で…
それに異議を唱える市が出てくる
それが、県都富山市の湊栄吉市長
富山市は、高岡市との合併ではなく、富山市と呉羽町など自市の周辺都市との合併を先行させるという考えを打ち出し、それを実行してゆく
そして、高岡市との合併は「ゆくゆくの課題」とした
湊市長の考えに同調する町村や反対する町村など、次第に県内の市町村はバラバラとなりだす
その結果、高岡市も当面は、自市と周辺町村の合併を先行させる方針となった
大同団結都市実現が、指定の必須と考えられた新産業都市構想
だが、将来的に合併都市を造るという事で、新産業都市は富山高岡広域都市圏として指定を受けた
この合併が実現しないでも指定を受けた結果、さらに大同団結の合併議論は遠のく事になる
そして、
吉田実知事の引退後、富山市出身の知事が続く
そういう事もあるのだろうか、富山市と高岡市による広域合併構想は、完全に立ち消えとなった
更に、
富山県は、『県都(重視)政策』が打ち出され、富山市への一極集中へと進んでゆく
再び、富山高岡広域都市圏による大同団結を唱える構想が現れるのは、1990年の新湊射水経済懇話会を打ち出した『日本海市構想』
人口78万人規模の政令指定都市を目指すものだった
この構想が出たのも、都市間競争で富山県の存在感が薄れてきた危機感からだ
だが、この構想も日の目を見ないまま収束する
やはり、県と富山市が消極的で、発言も行動も伴わなかった
その後、国が進めた平成の大合併
総務省から各都道府県自治体へ、市町村合併の具体的な案を提出するよう求められた際にも…、
富山県は大富山市と大高岡市の実現を明記したが、富山市と高岡市による政令指定都市構想は明示される事はなかった
合併論議のなかには、全県一市にしてはどうかという意見も多く聞かれたが…、
結局は、県が示した組合わせ案の中で、事が進む事となった
 
これらの行政判断が正しかったかどうか?
議論もあるだろうが、結果の数字からみれば、富山県の人口はさほど伸びず、今や1960年の人口をも下まろうとしている
つまり、
判断を誤り続けてきたというのが、小生の見方である
過去の事を取り上げても、歴史は戻らない
だが、これからの事を考えると、ちゃんとした過去の検証は必要だろう
同じ過ちを繰り返さないためにも…
そして、
私たち先人には、富山の発展を信じて取組んだ方々がいる
その事も、忘れさられてはイケナイからである

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